明日香医院
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1.あたりまえのお産
お産
そもそも、「お産」という言葉と「分娩」という言葉は、どう違うのでしょう。それから、「出産」という言葉もあります。いずれも子どもを産むことを指す言葉でしょうけれど、それぞれのニュアンスは少しずつ違います。

分娩というと、医療的、あるいは医学的な感じがします。だから、自然分娩という言葉が、いつのまにか、経膣分娩という、お産の方式を指す言葉に置き換わってしまったのかもしれません。

私は、「お産」という言葉が、とても好きです。柔らかくて、優しくて、人間的な響きがします。子どもを産むとことは、もともと、医療でも医学でもありません。もっと、もっと根元的な、ひとのいのちの営みです。大切なのはやり方ではなくて、ありようです。そのありようは、お産という言葉にぴったりだと思います。

出産という言葉も、同じ意味でしょうけれど、ちょっと漢語的、固い言葉だと感じます。「自宅出産」というと、構えてしまうけれど、「うちで産む」とか、「自宅のお産」というと、すっと気持ちになじみます。お産という言葉は、とてもすてきで、魅力的です。

この本では、「あたりまえのお産」のお話をします。「あたりまえのお産」というのは、人間本来のあるべき姿のお産、ふつうのお産という意味です。それはやり方ではなくて、私たちのあり方を示す言葉です。医学的な定義で使っているわけでも、医学的な意味でどんなお産を指すのかを決めているわけでもありません。あたりまえの姿は、人によって違うのがあたりまえです。その人と赤ん坊が、そのいのちのままに、お産できることと、言ったらいいでしょうか。これでは、とても抽象的ですので、だんだん本文を通じて、具体的にわかっていただけるようお話を進めたいと思います。

それから、あたりまえのお産についてなど、本来本に書く必要なんかないはず、というご意見もあるでしょう。もっともです。ところが、残念ながら、現代のお産事情は、そんなに生やさしいものではありません。ですから、これは、あたりまえのことがあたりまえでなくなってしまった現代における、現代ならではのあたりまえのお産のお話です。
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